「さっそくですが、ちょっとした頭の体操をしてみましょうか。
こんな場面を想像してみてください。あなたと友人のAさんは国境線をはさんで向かい合って立っています。
国境線の内側はそれぞれの領土です。
課題は『相手を自分の領土に入れること』。
さて、あなたはどんなことをするでしょうか」
この課題を私はいつも自分のワークショップでやっている。
実際、二人組になり、対面させて立ったところから始める。
ものの二分の間に様々な身体、言語のやり取りがお互いに交わされる。
社会人経験のない大学生たちの多くは単純に引っ張り合う。
もちろん、力のある方が勝つ。と言っても、社会人も職種に関わらず、このシンプルな暴力的解決方法が最もポピュラーであることは変わりがない。
ただし、対面している相手が先輩、上司だったり、異性だったりすると、いきなり引っ張り合うことに躊躇する人々は多い。
それで、今度は「こちらに来ませんか。いい風景が見えますよ」などと、相手を誘い合う会話が取り交わされたりするが、一向に両者は動かない。
ある御仁は自分の財布を取り出し、千円札を並べ、「どうですか」と誘い出したりもした。
あるいは、自分たちでルールを設定し、ジャンケンで負けた方が動くというシナリオもある。いずれの場合にも、必ず勝者と敗者が出る解決方法である。基本的には「勝ち・負け」にこだわる競合的志向が両者に存在している。
通常、勝者となる方が敗者より「力」がある。実社会に当てはめれば、それが身体能力、財産、地位、資格、情報量などの様々な資源と言い換えることができるだろう。
他には、国境線をお互いにまたぎ合うペアもいる。
どちらが勝者か敗者かというのは、この場合決められない。どうしてその解決方法を選んだかと問うと、「まあ、半分、半分ということで、公平ではないか」と言うのが典型的な回答である。つまり、お互いに妥協点を見いだして、両者で納得はしている状況である。
しかし、これも「自分が相手の領土へ行くことは負けてしまうことだ」という発想が根底にあることでは前述した競合志向から問題解決に取り組んでいると言えよう。
しかし、今、ビジネスなど様々な分野で言われている双方の満足いく解決方法としての「ウィン・ウィン(Win/Win)」はこの競合志向からでは生み出されない。そのための前提は「協調志向」から課題をとらえ直すことである。
課題の指示は極めてシンプルである。
「相手を自分の領土に入れること」だけであり、そこに「勝ち・負け」の設定はない。
だから、自分が相手の領土に行くことに何の問題もないのである。
したがって、単純に双方が場所を入れ替われば、両者の課題は同時に達成されることになる。
だが、我々の日常生活は受験、成績評価、能力給、様々なところで「勝ち・負け」を意識させられ、それに合わせた行動をすることも少なくない。
だから、何の条件設定もないところにも無意識で問題を競合的にとらえて解釈し、行動してしまうのだ。
ウィン/ウィンの問題解決を目指すためには、1.発想の転換、2.コミュニケーション、3.相互信頼の三つがそろわなければならない。
この課題でウィン・ウィンの解決方法をとるペアは20組に1組くらいの割合である。
まず、どちらか一方が「別に、課題では勝ち負けとか言っていない(発想の転換)」と気づきそれを相手に伝える(コミュニケーション)。
しかし、コミュニケーションが成立しても、相手が動くかどうかは別だ。
つまり、相手は、こちらが動くことを信じて動くのである(信頼感)。
自分が課題のしかけに気づいても、相手が理解しやすいように語り、相手の信頼を得なければ、物事の実現は難しいのである。
最近は「ウィン・ウィン」という言葉を耳にしている人が増えてきているので、成功するペアがかなり多くなってきている。
先日、岐阜県の某企業で研修をしたところ、半数近くのペアが成功していた。先端技術の一端を担っている会社ではあるが、日本の古き伝統「協調」、「信頼」が社風にあるような企業であった。
一方、すぐに引っ張り合いという手段をとるのが、案外、教員、司法書士などいわゆる「先生」と言われる方々である。外資系企業の日本人社員は引っ張り合い組と、何か異なることをしようという試行錯誤組が半々である。
外国人の場合、様々な文化、習慣に接している人々の方が柔軟な問題解決方法をとろうとする傾向があるように思われる。
だから、ニューヨークのクラスでほとんどのペアが引っ張り合うのを見たとき、「米国人の外国知らず」と「競争社会米国」の一端を見たような気もした
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弊社メンター 鈴木有香による、コンフリクトマネジメントに関するコラムです。
▷ 1「ウィン/ウィンって何?国境紛争エキササイズ」
▷ 2「水戸黄門を超えて21世紀に求められる紛争解決スキル」
▷ 3「顔のないコミュニケーション」
▷ 4「ジブリッシュ: 演劇的手法によるコミュニケーション・トレーニング」