「実は、先日見せて頂いた画面部分ですが、バグがあるので修正をお願いしたいのです。具体的には…(修正内容の話しが続く)」
「うーん、厳しいですね…。お話しを聞くとバグではなく、新機能の追加ということですよね。そうすると工数を見積もって…」
「いやいや、こちら側からすれば、これはバグみたいなものですよ。これでは困るんですよ」
「ただ、追加工数分の費用を頂かないとこちらとしては動けないので…」
「費用追加は無理ですね。追加と言い張るなら、今後は別のベンダーさんにお願いすることも検討しないといけませんね」
「…」
上記は、ITの開発における発注側と受注側(ITベンダー)の担当者の会話であり、このような駆け引き型の交渉は開発の現場でもよく行われている。こうした駆け引きは、発注者側の立場が強いために、発注側が有利に終わることが多い。経験を積んだ受注側の担当者であれば、駆け引き型交渉は不利になるため、避けるように交渉する。ただ、そのためには経験を積む必要があり時間もかかる。
現在のシステム開発は、短納期かつ複雑なことも多く、さらにプロジェクトマネジメントをする立場であれば、多様な開発メンバーやステークホルダーを相手にしなければならない。今のプロジェクトリーダーやSEには、間違いなくコミュニケーション能力が求められるようになってきている。特に、相手とお互いに納得した(WIN-WIN)合意を形成する交渉スキルが重要である。
交渉スキルは対ユーザーや顧客との正式な交渉事から社内調整やグループミーティングまで幅広く必要とされるもの。プロジェクトリーダーやSEはもちろん、すべての人に必須のスキルとも言える。
しかしながら、筆者が見たところ、そもそも間違った交渉を行っているプロジェクトリーダーやSEが多いというのが実感である。この間違いの中で一番多いのが、交渉を駆け引きの勝負にしてしまうことである。
冒頭に述べたように、立場が弱い場合は駆け引き型の交渉は避けるべきである。しかし駆け引きをしながら妥協点を見つけようとする交渉をしてしまうことが多い。このような交渉を続けていると、不利な立場に自らを追い込んでしまうことになる。結果、担当のプロジェクトリーダーやSEにとっては、ますます「交渉=いやなもの」になってしまう。
では、交渉を駆け引きの勝負ではなく、お互いによりよい結果、いわゆるWIN-WINにするにはどうすればよいのか?
そのときに大切なのが、「発想の転換」「先手を打つ」「一貫性」。この3つの原理原則をまずはしっかり自分のクセとなるようにたたき込むことである。
「発想の転換」とは、WIN-WINへの思考の転換である。具体的に言うなら、駆け引きになりそうな時ほど、「両者にとってお互いを満足させるや り方や進め方はないか?」と自問自答するクセである。実際の交渉は、詳細や具体的な話になればなるほど駆け引き的にならざるを得ない。そのときに、自分自 身に発想を促すクセづけが大切なのである。
「先手を打つ」とは、こちらから先にコミュニケーションを仕掛けるという意味である。相手の真意を探るために質問する、こちらから提案をする、相 手の意見を傾聴する、相手の突っ込みどころに対して返答を準備する ―― 。こうしたことすべてを先に相手に仕掛けていくというクセが、交渉の流れを自然とリードすることになる。結果として、WIN-WINへの道を切り開くので ある。
そして「一貫性」とはその言葉の通り、相手の出方ややり方にかかわらず一貫した態度を貫くことである。交渉は複数回かつ期間を要することも多い。 そして、交渉でのあなたの言動が積み重なって相手へのメッセージとなるのである。もし、相手の出方に応じて、交渉に臨む度にこちら側の態度や姿勢が違った ら、相手はどう思うだろうか。あるいは、逆に相手の出方が毎回違ったら…。少なくとも信頼の形成にはつながらないではないだろうか?
この3つの原理原則は、武道で言えば武道の精神そのものである。この原理原則を自分が自然としてしまうクセになるところまで行けば、自ずとWIN-WINの交渉ができてくる。
3つの原理原則を身に付けるとともに、交渉の進め方(型)を覚えることが、WIN-WINの交渉への近道である。交渉上手と言われる人は自分なり の進め方、すなわち型を持って臨んでいる人が多い。型を覚えることで間違った交渉をするリスクも確実に減る。また武道同様に、この型を身に付けることで、 その人なりの応用も可能となるのである。
私は、この型としてCNP(Collaborative Negotiation Process )協創的交渉プロセスをご紹介している。これは交渉の進め方(型)であり、SEやプロジェクトリーダーがやっておくべきポイントを中心に体系化した交渉の手順である。
次回はそのCNPの流れとポイントをご紹介しながら、交渉力を高めるポイントについて触れていきます。
オイコスメンターの大坪隆志が、システムエンジニアの皆様に向けておくるコラムです。